サカイトシノリ/アトリエ・パグロ
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〜20072010〜2013〜20172018







クライミングボード、ペイントワーク 2007/10/23

 横浜の臨海地域にある 横浜アイリス学園・幸ケ谷幼稚園の友人(副園長)から、子供の体力増強のためにクライミングウオールを設置するので、絵を描いてみないか?と依頼が来ました。バリから帰ってきてそのまま現場という感じで作業に入りましたが、準備万端、型紙も作ってあるので予定通り10/11〜12の2日間で終了です。

 子供の遊具にビビット、またはブライトトーンの色が多く使われているが、常々本当に子供たちはこんな色が好きなのだろうか? と思っている。ただの怠慢で色調整をしていないのでは? 
とも思ってしまう。たぶん色落ちが心配で濃い色を使っているのだろうが、安いペンキを使えば醜く禿げるだけだ。

 空間に合う色とは、そのスペースのキャパシティーによる。日本の狭くて低い環境において、ビビットな色が合うとは思えない。売るために、またはプレゼンのために目立つ色にしているのでは? 幼稚園だって、大人が(父兄のウケは大切)職員が(志気が高まる)気に入らなければなんの意味もない。だからこそ、前記述の「本当に子供はビビットな色が好きなのだろうか?」という疑問にたどり着く。

 さて、中に描かれているキャラクターは「ニョキニョキ君」 はいずって登る子供たちを応援するように1号から5号までいます。制作途中、ちょっかいをかけてきた園児たちに、「まだ、ナイショダヨ。これニョキニョキ君っていうんだよ」と伝えておいたので、今ごろは、ちゃーんとニョキニョキ君が広まっていることだろう。

 今年二つ目の幼稚園仕事。楽しいのでもっとやりたいなあー。








バリで制作 2007/10/20

 9/27〜10/8の間、バリで制作してきました。これで、バリへの訪問は6度目、制作は3度目ということになります。勝手知った場所ゆえ、作業効率も最高!この作品は来年9月に故郷旭川で開催する個展のもので、60数点が6割方出来たので安心ポンポン。

 今回の旅の前半は絵画教室の有志が「リラクゼーション&スケッチ旅行」として同行しました。いつもの旅行でも、最初の2~3日は現地を体験するためにいろいろなアクティビリティーに参加します。そこで今回は、同行者の希望でウブドゥの川下りに。深い渓谷を滝のシャワーを浴び、気持ち悪いほどのコウモリのいる洞窟をぬけ、幾度も岩に引っ掛かりながらの大騒ぎで、メインイベントになりました。

 さて、今回の作品は、バリの古木を組み合わせて表現しようと思い、しっかり木材も持ち帰りました。今回もテーマは葉っぱ。しかし、古木とのコーディネートゆえ、余計な付属は極力省いて表現。スッキリしたものに。

 このバリ仕事は、しばらくお蔵にいれて、もうでき上がっていたはずのサボテンの絵を仕上げなくては・・・。これからの2ヶ月で完成させる!まったく、この夏はなにをやっていたのだろう?思い出せない。反省。

 話はかわり、バリに行く前にボタンインコを買い求めました。うぶ毛のよちよち赤ちゃんだったのですが、急きょ千円程で鳥カゴを買って帰国。しかし、すき間から脱出するは、竹ヒゴは食いちぎられるはで、修理改装するはめに。

 これがまた楽しい。飼育箱を巣箱に作り替えて中にセット、すべての竹ヒゴをしゅろ縄で締め上げ、入り口の補強に、エサ台・水浴び・ハシゴと遊園地を造ってる感じ。気にいてくれるといいのだけれど・・・。

(そんなことしてないで仕事しなさい!!!)






バハカルフォルニア、ロスカボスで取材 2007/5/2

 4/12〜22の間、メキシコのロスカボスに行ってきました。場所はロスから南にのびるバハカルフォルニア半島の先端にあります。砂漠にサボテンのイメージで行きましたが、砂漠ではなく乾燥したブッシュであり、雨期に水で満たされるであろう干上がった河床が砂漠の体をなしていました。

 毎度のこと興奮と不安から出発の日は5時に起床。普段通りジョギングに出かけ汗をながし、時間をもてあましながら成田へ。2時間ほどビールを飲みながら現地の勉強。3時半にやっと出発、この時点ですでに10時間経過。そして飛行時間が9時間、トラジットで4時間、最後の飛行時間が3時間。到着して街中まで1時間半。朝起きて28時間後にチェックイン、現地時間は本日の夕方5時。まだまだ日がたかい。

 スーパーに買い出しに行ってレストランで食事をとる。部屋にもどれど場末のホテルゆえ落ち着かず、さらに酒を飲み深夜に眠りにつき長い一日が終わりました。されど時差ボケか数時間ほどで目が覚めてしまった。外に出るといい感じの夜明け、三日月が輝き神秘的です。ほんとに体力あっての旅ですね。今後南米に向かうにあたって要検討事項。

 作品作りのため、最初の2日間は取材です。レンタカーを借りて荒れ地に突入!いやはや、そこら中、サボテン、岩ごろごろ。これが野生のサボテンだぁ!とかけずりました。けっこう幸せな時間です。行ってみて初めて判ったことは、サボテンは「木」だということ。でかくたくましい。

 今回の宿は街中、買い物等は便利この上ないのですが、道路工事に別荘地の造成で山を削る削岩機の音。まったくもって喧しい中での作品作りになりました。でも隣のレストランから夜な夜な流しのマリアッチが聞こえてきて、いいBGMでした。

 制作半ばで木工用ボンドを使い切ってしまい、街中を探しまわるがどこにも見あたらない。それどころか文房具店がない。フロントに聞くと、この国では小麦粉で糊をつくるので売ってないとのこと。ほんとかしら?と思いつつ最終日にぶらぶら歩いていたら「工具金物屋」を見つけ入ってみると、ちゃんとありました「ウッディーグルー」(木ボン)。でもほんとに鉛筆とか消しゴムとか糊は見なかった。(住宅地でないからかな?)

 スーパーには出来合の新鮮なサルサがあり、肉でも魚でもなんでもかんでもぶっかけて食べました。おいしかったなあー。メキシコはおいしい。ビールもうまい。こんな旅行が出来るのもインターネットのおかげ、へたなガイドブックより詳しい情報が手にはいるのだから。これからラテン世界へGO GO ! アミーゴ!






やしお幼稚園、アートワーク第二弾 2007/3/18

 やっと日が長くなり、屋外作業が出来るようになりました。先延ばしにしていたメインの壁画制作もやっと完成です。なにより天気に恵まれて順調に仕上がり、卒園式に間に合ったのがよかった。

 現場は宇都宮郊外。今回は作業効率を上げるために、すべて原寸の型紙をつくりました。それなりに、大変な作業で日数もかかったのですが、現場で悩まないことは気分がいい。なにせ園児のギャラリー付きですから、テキパキやらないと「なにやってんのー?」攻撃にイライラして印象を悪くしてしまいかねない。

 こういう現場仕事は、ミュージシャンでいえばライブ感覚。ひとつ作業が終わるごとに、園児の反応があっておもしろい。たまに大人のまねごとを言う子供には、ちょっと小言を。疲れてくると、あまり馴れていない僕は、ついつい困らせてしまうことを聞いてしまうのだ。まったく大人げない。

 今回の塗料は2液ウレタン系で、F☆☆☆☆対応環境に優しく、臭いも少なく乾きが早いという特性があり、使いやすかった。屋外ではベストチョイス!でも、淡い色を使っているので耐光性に問題がある。今後幼稚園系の仕事が来た場合は考えないといけない。

 作業も終わりになった頃、どうも既存の薄汚れたパンダが気になる。塗り替えの許可をもらい、ピンクに塗り替えたところ「わー!ピンクパンダ、ピンクパンダだぁー!」と大騒ぎに。くやしいことに、一気に主役を奪われて、ちと悔しい。

 ともあれ、殺風景な中庭が華やかになり、予定通りの上がりに満足。次の仕事をみつけなくては・・・。幼稚園はあと2〜3、違う方向性から制作してみたい。






やしお幼稚園、アートワーク第一弾 2006/12/15

 12月のはじめに、宇都宮のやしお幼稚園の30周年記念事業として依頼された壁画作業の一部をやってきました。建屋が古くなっても、国のきまりで35年たたないと建て替えができないことで、あと5年、園児が楽しく過ごせるようにとのものです。

 新築のアートワークは経験あるものの、既存の施設に手を加えるのはめったにありません。なににせよ、継続中の施設にこのようなことでお金をかけることに敬意を抱きます。どのようなところも、最初だけ環境の大切さを掲げるばかりで、継続的に手を打つところは少ないから。

 今回は、園舎を再塗装したために、いままであった壁画もなくなり、なんとも殺風景に。日没が早いために、メインの壁画は先の3月として、今回は時計回りと中庭の廊下にあるルーフバーのペイントをやりました。

 園舎の中央にある時計に、ちょっと手を加えることで、たちまちシンボル的ランドマークとなります。図案は、この幼稚園のマーク(ドングリマン?)をアレンジしたものです。

 なにせ、あと5年間というお話ですから、低コストで効果の上がることを考えなくてはいけません。屋外におけるペイントワークはどうしても耐光性の面で長い年月持ちません。このような場合に最適ですね。




すどう美術館、個展終了 2006/12/1

 11/21〜26の間、今年二度目の個展を開催しました。この会場は二部屋に分けることができるぐらいの広い会場で、アラスカとカムチャッカの作品を展示することができました。

 カムチャッカ作品の制作仕上げは、8月半ばからはじめて、10月で終えました。いつも通りの制作
時間ですが、その後にカタログ制作・額縁制作・額装準備に丸二ヶ月かかりました。絵を描くことよりも多くの時間をその他の作業に振り分けていることになります。その間、大竹伸朗の展覧会を見て、その作品数に唖然。とてもとても、我が作品数の少なさに肩をおとすことに・・・。

 お金がない、貧乏ということは、時間を浪費すること。「器用ですね」なんて言われて、チョウシになっている我が身が恥ずかしいわけです。人生後半まっただ中、あとどれほどの作品を残すことができるだろうか!もっと貪欲にならなければ!

 来年は、この「環太平洋描画計画」の他にもう一つアクションを加えよう思う。まだまだ余力を感じる身、奮起しよう。






カムチャッカに行ってきました 2006/8/1

 7/22〜29の間、ロシアのカムチャッカに行ってきました。これは環太平洋描画計画の北方偏、カナダ・アラスカに継ぐ最後の訪問地です。このカムチャッカは僕にとって頭の上のタンコブのようなもので、自分の出身地が北海道で北国育ちをアピールするものの、まだまだ先に陸があり、一度は体験したいと思っていたところです。

 そこは、北海道の原形が残ってました。カナダやアラスカのように針葉樹がイッパイあるものと思っていたら、夏の太陽に輝くポプラや白樺の森が果てしなく広がる明るくさわやかな大地。そして、ポプラの綿毛が輝きながら舞ってます。そういえば、知床半島には針葉樹はなく、十分納得させられました。

 さて、北国は暗いとの先入観はいかがなものか。長い冬がおわり、一気に駆け抜ける夏は宝石そのもの、そこら中にお花畑が広がります。北米大陸の圧倒される風景に苦しめられたあと、南国バリでの制作に自由楽しさを味わった前回同様の視点・制作手順で「北」を表現してみた。期間が短い中で予定通り6割方できたので大満足です。8月中に一気に仕上げよう!

 気が重かったロシアでしたが、けっこう快適でした。自由旅行を制限するようなガイド制度ですが、オプションで海に出かけたり、お花の群生地にいくのも、日本語ガイドとドライバーが一緒です。ここぞとばかりに、換金・スーパーマーケット・バスの乗り方、料金など教えてもらい、重宝限りない。それに、ガイドはなかなかのインテリ、ロシアと日本のことについて語り合えます。

 いつものこと、一人旅最大の困りごと、夜の食事です。今回は久しぶりにキャンプ道具を持ち込み、ホテルの部屋でディナーです。朝から寝るまで絵のことを考えながら過ごせるのは、このような旅行でしか味わえません。

 ロシアの女性は、映画の中での、悪役のチョー美人の女のようなレディーがたくさん、ニコリともしません。イミグレーションでは長時間待たされますが、これも随分よくなったとのこと。それでも、初めてのロシアは新鮮!!!




半年、絵日記を描き続けて 2006/7/20

 まがりながらも、なんとか絵日記を半年間続けることが出来ました。現在200枚突破です。まずは、自分を褒めたい!

 当初は、落書きのようなものをなぐり描き、こんがらった頭の中を整理するものと考えていました。ところが、続けることよりも何を描くかが遥かに大変なことに気付き、とりあえず身の回りのものを描く。

 いつもエキセントリックなものや事柄があるわけでないので、必然的に季節の花々を描くようになる。この写実というものを、いままでまじめにやったことがないので、けっこうおもしろいのです。そしてだらしのない一日を過ごしてしまった夜に、絵日記を描くことでいかに精神的に楽になったことか。

 基本的に早朝のジョギング中の取材なのですが、それが定点観察になり、さらに定時観察にもなる。発見が続くことに驚きです。さて、これからお花を描き続けるのもなんだし、どうなることやら。まずは、あるがまま、文字通り「絵日記」のごとく肩に力をいれず続けようと思う。半年で自分に変化をもたらすのだから、2年目、3年目とどーなることやら。たのしみです。

 最後に、続ける原動力に、メールによる感想・励ましがあります。見ている方がいるからこそ続くのですね。これがホームページにアップしていなかったら、とっくに挫折していたことでしょう。感謝。




ゴールデンウイークの過ごし方 2006/5/7

 暦に縛られない生活をしていると、盆・暮れ・正月という世の中のイベントになると本当に困ってしまう。普段なかなか遠出できない方々とともに渋滞の中、お金をかけて行く気にもなれず(いつでも行ける)、ここぞとばかりゆっくり体を休めるのもなんだし(いつでも休める)、要するに嫌いなのです。

 いつも正月は、会計ソフトで一年分の経理をまとめ、申告の時にあわてず済むし、ゴールデンウイークといえば適当に飲み会をこなしながらいつも通りの制作の日々。

 そして、今年は長年の懸念事項、コンピュータのバックアップ体制の確立に着手しました。僕自身では経験がないものの、教室のハードディスクが2回クラッシュしてひどい目にあいました。このように時間に余裕があるときに先行投資をこめて実行です。

 まずは、メインのタワー型Macに120ギガのHDを増設し、古いHDをバックアップ専用にしました。ついでにHDのパーテーションをやりなおして整理整頓です。中のホコリも掃除、書き込みドライブが調子悪いのも納得したのです。そしてサブのノートのメモリを256MB1枚増設し、操作を快適にし、60ギガのHDに交換しようと思ったけれど、自分でやるのはやめて業者に持ち込むことにしました。

 さらに、いくらバックアップしても盗難や火事があっては意味がないので「.Mac」に申し込み、外部に大切なデータを保存できるようにしました。これで安心です。

 コンピュータに精通していない方には、なにおたくっぽい事を書いているんだと思われるでしょうが、余暇の過ごし方には「将来起こりえる事態に事前に対処する」こともあるということです。

 僕は、ポッカリあいた余裕の時間を大切に使いたい。




ギャラリー絵夢、個展終了 2006/4/4

 「本質は、単純なものである」という言葉がアタマから離れない。しかし、自身の作品はというと、話にならないほど複雑である。まだまだたどり着かない目標に違いないのだけれど、今回の個展作品に少々手応えを感じたのです。

 4度目のバリ訪問滞在、2度目の制作。テーマを絞る・よけいな装飾をできるだけ避ける・取り繕う行為をしない等、なれた滞在地により「テーマ一本・自由奔放な作り」を体現できたように感じられる。

 環太平洋描画計画も6回目になり、亀の歩みのよなものですが、この年になって自らの成長を少し感じることが出来て、本音でうれしい。「意味をもって続ける」ということは、かけがえのない結果を天から授かるものと信じて疑わない。今続けているのは、絵日記を描く(これは半年を過ぎて途中感想を書きたい)・走る・腹筋運動・ストレッチ・ぬか漬け・こう酢・水を飲む・早寝早起きなど。

 別に健康フェチではありません。一般の方は、絵を描くことは才能があって描けると言いますが、僕は「一に体力、二に気力、三に持続力」と思ってます。天才は1パーセントのひらめきといいますが、必要な才能は同じく1パーセントでしょう。

 ピカソの胸板の厚さ・腕の筋肉をご覧ください。絶対にトレーニングをしていた体型です。やはり健康第一、体力あってのものです。少しでも近づきたい。そろそろバーベル上げも追加しようかな・・・。




1日1枚、絵日記 2006/1/27

 一年の計は元旦にありということで、正月から1日1枚のドローイングを始めました。環太平洋の国々を回って絵を描くこととおなじく、続けるとどのようなことになるか?に興味があります。

 暮れに、自宅の三畳間のパソコンルームにあったオールドMac一式を撤去して、ノートパソコンとその他の周辺機器だけにすると、机の上には広々とした空間が出来ました。そこにアトリエから素描道具を持ち込むと、ちいさな作業机のできあがりです。表題に、「手を動かすことは考えること」とありますが、頭の中で思いめぐらすだけでなく、描いて初めて思考開始するということを己に叱咤するものです。

 いつもの生活は、日の出とともに走り、シャワーを浴びて朝食。8時過ぎにアトリエに入り、9−5時の制作活動。6時過ぎに帰宅。7時のNHKニュースを見ながら夕食。酒を飲みながら以後ダラダラと。眠くてたまらないのを酒を飲むことで我慢をし、10時過ぎに寝るというのが定番です。しかし、「日々絵日記」のおかげで、テレビがつまらないと文句をいいながら酒を飲む夜が、9時に机に座る絵日記作業にかわり、ホームページの更新とメール返信と続き、酒量も減って爽快な朝を迎えることになりました。まことに一石二鳥。さらに、英単語のタイトルをつけることにして、語彙力の増加に役立つかと?一石三鳥をねらってます。

 そんなこんなで今年一年、新しい展開、よい年になりますよう願ってます。





バリで念願の現地制作 2005/12/5

 11/22〜30、バリで作品制作をしてきました。3年前に初めてバリを訪れて、帰国後すぐに作品を作り、あっという間に仕上がったことから始まった「環太平洋描画計画」の原点です。来年の3月に個展が飛び込み、さて何を描こうかと・・・。

 「環太平洋描画計画」は僕自身の可能性への課題として位置づけられ、それとは別に自由制作というかもう一本の柱を考えていました。このあとの正月、旭川に帰郷する予定なので、北と南の違い・関係・いきさつなどを表現してみようかとバリに画材を持ち込んだのです。

 ところが、やはり現地制作の素晴らしさ、目の前にはモチーフの山!そんな「北との関係」なんぞは吹っ飛ぶ。僕のライフワークとも言うべき「葉っぱの乱舞・芽吹き」を思う存分描き上げることができました。東京での一ヶ月の仕事が、現地では一週間で出来てしまう。

 いままでの現地制作は、ホテルの一室でブルーシートを敷き、掃除のスタッフに気兼ねしながらのもの。しかし、今回はオープンエアーの専用アトリエ。散らかし放題でも文句は言われません。なんせ自分のコテージなんですからね。気心を知ったスタッフ、いつもの疲れる緊張感は無縁、制作に没頭できたことに感謝です。

 コテージ前の植栽写真を載せました。半年前の竣工時の写真と比べてください。緑の環境が揃うのに1年ぐらいかかるものと考えていましたが、そこは南国!育つスピードが違います。膝丈のものが優に背丈を超えています。そして、咲き誇る赤黄色の花々、ほんとに感心してしまいました。

 ということで、無理なテーマなど掲げず、次回の新宿・ギャラリー絵夢での個展は「環太平洋描画計画/復習編」BALI impressions II というタイトルでやってみることにしよう。




バリ、テロ爆破 2005/10/10

 9月の初旬、友人がバリを訪れ、自転車でのんびりと走ってきました。彼らが撮った左の写真は、まさにホロリとするバリそのものでした。→ジオポタ・バリ滞在記

 まもなく、再度バリでテロ爆破がおこり、多数の犠牲者がでました。僕は前回のテロの時に現地にいたので、様子が手に取るように分かります。今回は規模が小さくとも、夕食時の時間帯、はじめて訪れたの方大多数が訪れるような、人気有名処がねらわれたので、ちょっとショックです。

 前回のテロは「ディスコ爆破事件」と報道されています。しかし、道路に穴が掘れるほどの大爆発で50m四方吹っ飛んだのであって、けしてディスコだけを狙ったわけではありません。近くにディスコがあり、そこに多数の人々がいただけです。ここで、言いたいのは、海外でおこるニュースは正確には日本に伝わらないということ。

 毎日、朝から晩まで、ワイドショー・ニュースで報じられるたびに、腹がたつやら、かなしくなるやら・・・。間違ったジンバランの場所の地図を手に、「一番のキケン地帯だ」「バリはもはやイラクと化した」「行かないほうがいい」「安全は日本にいること」とアホなコメンテータがほざくのです。彼らはねじれた受けねらいに過ぎないか、無知をさらけ出しているとしかありません。

 飛行機は落ちるから怖い。銀座の宝くじ売り場にならぶ。意味もなく東大を目指す等、日本人には確率論というものがまったくもって理解できないようです。どこだって、津波がくるかも知れません。台風だって、洪水だって、地震だって、どこでもおこる可能性があるのです。極端に言えば、東京を離れることにより安全が高まるとも言えるのでは。

 たとえば新宿の歌舞伎町で爆破事件があり、世界中から日本は安全ではないといわれたら、どう思いますか?僕たちは歌舞伎町などに行きませんし、ちっとも怖くありません。この写真のように、田舎こそ本当のバリがあります。たぶん、盗人はいても、テロリストはいません。旅はいろいろです。ひとくくりに、キケンだから行くなとはいわないでほしいい。実際、ニューヨークのテロでもロンドンのテロでも、渡航キケンなどと報道されません。第三国への偏見あらわであります。

 我がビラも年内のキャンセルが続き、スタッフの一時帰休をしなければなりません。観光業を営む地元の方々は貧困にあえぐことになります。早めの復活を望むものです。

 そのような中、訪れたいかたは、連絡くださいね。手配します。
→バリ・ルマ ワヤン


同窓会開催 2005/7/25

 北海道旭川東高等学校を卒業して30年。東京同窓会なるものの幹事を我が卒業期が務めることになりました。京王プラザで300名程の参加者を集め、2時間のイベントを取り仕切るのである。結論から言うと、楽しい1年間の準備期間でした。30年振りの旧友と濃厚な関係を再構築できたのです。

 先日、つり広告に「卒業大学ではなく、卒業高校だ」とすべては高校にありと唱えていたが、思わず「そうなんだよ!」と納得しました。卒業後はありとあらゆる業界に散らばるわけですから、このようなイベントを立ち上げるには、人材は困らない。さらに、利害関係というものが全くないというのもスガスガしいのです。

 当日、僕はイベントのひとつを担うことになった。何をやったかというと、同窓会だからできる、一生に一度の色紙絵描き。絵を描き、校歌のフレーズを書するとうもの。一時間半で33枚描いて、完売。収益に貢献できたのはよかったのですが、にじみ・吸い込みが実におもしろい。汚い字でもおもしろくなり、まるでなんちゃって相田みつを風なのですが、彼の字よりはるかにいいと思えてしまう。

 ともあれ、しばらくは旧友と飲み会が続きそう。




アラスカ、キーナイ半島 2005/7/1

 6/16〜26の間、環太平洋描画計画の北方編・第2弾、アラスカに行ってきました。滞在したのは、アンカレッジから車で3時間ほど南に行ったところにある、スワードです。キーナイ半島観光の拠点で、すっごく田舎なのだけれど、世界一周の豪華客船も寄港するところです。

 前回のカナダでは、雄大な大自然に翻弄されたので、今回は足下をしっかりみて感じようと、できるだけ山を見ないようにしました。しかし、それも必要なく、足下にはかわいらしい高山植物が咲き乱れる夏本番!星空は一度も見なかった白夜の世界です。

 このキーナイ半島には海にせり出す氷河があり、驚くことにその氷河の回りは、一面緑で花畑まであるという「特別な夏」でした。おかげで、雄大な山には興味がいかず(山は難しい)、「特別な夏」をテーマに描きためることができました。

 滞在中、いろいろな動物とも遭遇しました。観光船にのれば、アザラシ・トド・クジラにラッコ。見上げれば白頭ワシをはじめとする野鳥たち。最大の遭遇は、トレッキング中のブラックベア。前方10メートルのところの藪から出てきたのです。ラッキーなことにお尻をこちらに向けて逃げてくれたのでよかったが、その後は、ズーッと歌を叫び、柏手を打ち続けることに。アラスカの大自然の懐の深さを痛切に感じたのでした。








「バリ ルマ ワヤーン」コテージ完成! 2005/4/25

 4/19〜24の間、コテージ完成式典のためにバリに行ってきました。ついに完成したのです!祭り事が第一のバリのこと、お坊さんが23日が吉日とお決めになり、現場も突貫工事になったようです。という僕も、着いたとたん、ビール飲みつつ、配線だ!絵やレリーフの飾り付けだ!インテリアの買い付けだ!とあわただしい日を送ることになりました。

 3度目のバリですが、今回も観光らしい観光もせず、なすがままの滞在に。作業で汗だくになれば、プールにドボーン!いいですね〜、すぐ入られるプライベートプール。なかなかいい出来のビラになったようです。後は、運用。僕ら素人のすること、なにかとトラブルが起こるのでしょうね。

 ともあれ、ガムランのなかで進行するバリの儀式をひととおり経験できたのはよかった。神様への貢ぎ物には生きた豚もあれば、鶏もいるし、まったく見当もつかない多くの品物があふれていました。ヒンズーの坊さんがお経を上げているあいだに、坊さんの指示の元、女たちが各棟・各場所を清めていきます。このような儀式が、これからはじまるという気持ちの高まりを感じます。

 どうぞ、みなさん。興味がありましたら、ご利用下さい。
詳しくは、下記サイトへ。

http://www.a-paguro.com/bali/




個展終了、心境 2005/3/25

 しっかりと実感しました。「絵は技術ではない、どう対象をとらえるか」ということ。

 DMにも「そこは虫の目を拒否し、鳥の目のみをうけつける高貴な大自然だった」と言い訳じみたコメントを書き入れました。描き貯めたスケッチや下書きにはたくさんの山々。制作を続けると、なんとも苦しくなってきました。観光客のおばさんと同じ視線でいては、絵が描けるわけがない。いつもは、とっくのまえに上がっているものが、搬入一週間前まで、いじりまくりました。筆を終えたその日から、便通がよくなったのだから、けっこうストレスが生じたのでしょう。

 日本とは比べようがないくらい壮大なのだけれど、やはり故郷の北海道と共通の植生環境があります。そう、この単純さには、驚かなかった。だから、取り組み方が甘かったのだろう。今回の個展は、けして僕の求めるものではないけれど、この環太平洋描画計画の目的でもある経験を積むことが出来たのだから、良しとしたい。

 失われた10年回復活動には、いろいろあるさ。今が耐えどころ。次のアラスカでリベンジ。




バリにコテージ建設、完成間近! 2005/1/15

 仲間10人でバリにアトリエ附きコテージを建てています。昨年の3月から工事が始まりました。新年早々の5〜11日、完成間近の現場に行き、家具やランプシェード等のインテリア関係の買い付けをしてきたのです。

 完成は2月末、3月を現地のスタッフの教育期間とすると、オープンは4月ということになります。設備は、コテージ4棟・アトリエ・食堂・ラウンジ・台所・オフィス・プール・ジャグジーです。場所はチャングーといって、クタのそば、人気のスミニャックの隣に位置し、空港から車で30分のところにあります。海までは歩いて15分ほどで、周りはライステラス、田舎の風景です。

 このコテージは公に宿泊者を求めないので、10人の知り合い、さらにその知り合いが泊まることができます。利用方法は後日、ホームページを立ち上げますので参照してください。

 再度4月に立ち上げ準備にいくことになりそうなので、詳細はあらためて。









幕張パティオス22、サイン工事取り付け開始 2004/11/27

 この集合住宅は、6階建てで120戸。エレベーターや階段・住戸表示を上がったり下がったりとネズミのようにはいずり、取り付けます。朝6時に出て夕方まで、地元に戻るのは8時近くに。膝がくたくたのガタガタになります。まだ電源がはいってないので、コードを引っ張りながらの作業です。

 サインというのは、ケーキのデコレーション部分みたいなもので、取り付けると建物が一気に華やかになり、土方のおっさんから「ねたみ」にもとれる愚痴をきくことになります。作業は地道なのですがいいところ取りの仕事ですね。

 よいよ、年明けからは屋外のモニュメントの取り付けになります。過去をさかのぼっても最大の大物です。できあがりが今から楽しみ。発注ものは、いかにイメージして、正確に図面に落とすかが大切で、迷うことがゆるされません。常に、何を一番に考えているかで、決定していきます。こんな偉そうな事を言えるのも、この10年いろいろ経験してきたからで、一夜でどうのこうのできるものではありませんね。

 他との取り合いから、設計変更を求められることがよくあります。いろいろ手足をもがれながらも、最初のコンセプトを貫くことが、完成後の気分を左右します。自分だけの絵画制作には、つい甘えがつきまといますが、大金と人的質量がともなうと、すごい緊張感があります。こんな感覚を少しずつですが、自分の制作にも取り込むことができるようになり
、いいことだと思う。感謝感謝。









カナディアンロッキーに行って来ました 2004/10/20

 旅に出て、現地での生の空気を肌で感じる。そして作品に残していく個人プロジェクト「環太平洋描画計画」も、第4回目にしてついに北の大地にたどり着きました。

 その北の大地は、畏敬の念を感じずにはいられないほど雄大で、削り取られた山と針葉樹、それに黄色い紅葉とこれでもかと透明な湖。ものすごく単純で、「虫の目」で感じ取ることを拒み、絵はがきの写真のような「鳥の目」でのみの体験で心地よくなるところでした。

 要するに絵にするのが難しかったのですが、難敵は「鳥の目」だけにあらず、時差による頭のカスミも大変なものでした。ここ数年の規則正しい早起きの習慣がそのカスミを増大したものと思えます。描き始めの頃は、森と山という日曜画家風の絵しか描けず(遠目で見てたのだから仕方がないが)アララどーしよう!と焦りました。

 今まで現地での制作はF3どまりの大きさでしたが、現地で描いてきた小品とアトリエで描き始めた大判の作品の間に質の差があり、どうしたものかと思案してました。今回、左写真にあるキャスター付きの紙入れを制作し持参したので大判の紙も汚して持ち帰ることが出来ました。これは、結果的に大成功で。ベットの上に広げると、即席の作業台になり重宝しました。

 ジャスパーは信号もない清楚な田舎町でした。その中心地から車で10分ほどの湖にあるバンガローを宿泊地にしたのは、キッチン付きだったからです。食事は旅の楽しみというもの、絵を描くというのは引きこもりにひとしく、スーパーで買い物をして気ままな食事は最高でした。  

 旅も中頃になり、湖の畔のトレッキングコース歩き、渓谷に立ち寄り、山を歩くと頭の構造も、少しは「虫の目」になり、作品のなかにもいいものが出はじめ、少し安心。でも、季節は晩秋で下草は枯れ、ただでさえ少ない植生に強いインパクトを受けることはありませんでした。次回も同じく北国シリーズなので、肝に銘じ、少ない植生に目が向くようトレーニングして出向きたいと思っています。


小野画廊個展終了 2004/6/27

 カタログも作り、気張って2週間もの会期であったのですが、いまいちの反応。画廊の選択も理由であろうが、銀座の画廊を回っている方々がずいぶん減ったような気がする。現在各美術館の館長をやっている方々も、昔は銀座回りをしていました。銀座に魅力がなくなったのも事実でしょうが、若い学芸員や評論家は何をしているのだろう?美術家とともに死んだふりをしているのでしょうか?さて?

 とにかく、この個展で東南アジアの作品制作をひとくくりできました。40半ばにして、自身の成長を感じてます。これをホップとすれば、次の北部地域の制作でステップ、中部アメリカ地域でジャンプ。あとの、南アメリカ・オセアニア地域では自由に好き放題!てなかんじにならんかしら・・・。






制作終了準備へ 2004/5/20

 作品作りも終盤にくると、だいたいの上がりが予想され、興奮が冷めるし、あまりいい気持ちにはならない。というよりも、頭がもう次のことを考えている。もっとスッキリと上げたいのに、いじりすぎる。この年になってなおかつ経験不足を露呈してしまう。

 漠然と過ごしてしまったあの失われた10年を反省し、この2年間は、今までになく絵を描いている。描けば描くほど深い苦しみがでてくる。こんなことは、30代にすましておけば僕はもうちょっと一人前になってただろうに。

 ということで、5/5をもって個展用の作品制作を終了。これから、カタログのデータ作りに額装、DM発送のしごとへ移っていくのですが、DM仕事というのは実に空しい。しかし、営業営業と呟きながらせっせと袋詰めです。それでも前回の個展から住所録のデータ化ができたので、ずいぶん楽になりました。




タイのピピ島に行って来ました 2004/2/19

 幕張のデザイン変更をいっきに仕上げて、鳥ウイルス蔓延の中、2/5〜2/13までピピ島に行って来ました。今回は東南アジアの南部の仕上げ、青い海がテーマです。バリ島爆弾テロのときも感じたのですが、現地はまったく平常そのもので、大騒ぎして旅をキャンセルすることはありませんし、そのリスクは自分で判断して行動すればよいということです。観光で成り立つところは風評被害は死活問題です。

 ピピ島は経由地のプーケットとはちがい、天国のような落ち着きときれいな海がありました。宿泊地の「ピピアイランドビレッジ」にはピピ島の中心地(それなりに騒がしい)から船で行くことになり、必然的にプライベートビーチ。宿泊者以外はおりません。気がついたのですが、おきまりの肥満おばさんがあまり見あたらない。それどころかイケメンにナイスボディーのおねーちゃんがいっぱい。それはそれは、映画のなかのジェームスボンドかフェラフォーセットメジャースばりが寄り添うように静かに闊歩し、日光浴をしてます。だんだん判ってきたのですが、スエーデン・ノルエー等の北欧からの旅行客が多いみたい。巻き舌、ダラダラ歩きのアメリカ人が少ないのが印象的でした。

 次の展覧会では「違った絵を描いてね」という方もいますが、バリ・メコン・タイとたてつづけに廻って、つながっているん事を再認識しました。そのことが環太平洋描画計画の主旨でもあるのですが、同様のテーマで作品を短期間に造ることは、「何を大切に・何を省き・何を求めて」と、明確になっていくのがわかります。すぐにも東南アジアの山岳部もいってみたいのですが、次回からは北に向い、カムチャッカ・アラスカ・カナダに行こうと思います。植物の植生も180度かわり、期待がふくらみます。それに、自分の故郷北海道の延長にあるわけですから。




久しぶりに幕張 2004/1/14

 5年前に、サインの仕事をしてから久しぶりに幕張に行きました。5年の歳月で幕張の景色はずいぶん変わったものです。アウトレットモールができ、空き地が減り高層住宅が建ち並びます。以前の寂しい感じが緩和されて、ちょっと感心しました。

 その幕張へは、建設中のサイン・アートワークの仕事が飛び込みプレゼンに行って来たのです。初めてのサイン仕事もここ幕張でした。なにもわからず、手探り状態。さらにコピーしたり切り張りしたりの手作業。そうその時はMacをもっていなかったのです。今となってはコンピュータのないプレゼンは考えられませんね。

 そのサインの納期は5月末。さて、個展の絵は描かなければならないし、本当に引き受けてもいいのだろうか?と思案していたところ、アトリエの大家・会社社長が「サカイは描きすぎるとよくない。」と一言。前回の京橋も時間が余り、大きい絵をこねくり回し、失敗したのです。ずぼしの一言で勇気をだし、せっせと訂正変更の日々です。
 



今年2回目の個展が終わって 2003/11/19

 作品がアトリエにもどってきました。今となってはうっとうしいものです。早めに上九一色村の倉庫に持っていかないと、次への新鮮な気分になりません。

 政経界では「失われた10年」と言われて久しいが、美術界もまったくそのとおりで、僕自身じぃーと世の中の回復を確信も行動計画もなく待っていました。そこで、このままではまずいとばかりに、今年2回目の展覧会になったわけです。「失われた10年回復活動」といってもいい。今回、久しぶりに大きな作品を描き、大胆に筆がすすまず、あらためて小品作品ばかり造っていたんだと痛感しました。最近のドローイング中心の作品を大画面で生かすには、材料・道具とも検討しなければなりません。要するに、捨てるぐらい絵の具を用意できるかのようです。

 バリ、ベトナムと旅してきて、次はタイのピピ島に行こうと思います。僕の環太平洋一周ドローイング構想のスタートは東南アジアから、お金もかからないし、なんたって親戚みたいなもので、我が先祖さがしそのものです。
    





メコンデルタで取材 2003/9/15

 8/28〜9/7までの11日間ベトナムに行って来ました。以前からの、モチーフあふれる現場で制作してみたいとの希望が実現しました。しかし、出発前、2ヶ月後に個展が決まったものですから、当初の気楽なうきうき気分が吹っ飛び、本当の取材旅行になってしまい、本当に描けるのか?ちょっとビビリました。パッキングの中味はほとんどが画材と紙。これで描けなかったでは話になりませんでしたが、お見事、完描120枚。今回の旅行で手応えをつかみつつも、東京にもどって、真っ白い大画面を前に押しつぶされそうな感覚。はやく汚さなければ自由にはなれません。

 旅はベトナム南部のメコン川流域。コーヒー色の川と聞いていたけれど、実際はダーク・オレンジだった。行って初めて判るリアリティー。その湿度、気温、突然のスコール。この実体験が絵の隅々に行き渡り、我が作品を下支えします。悶々とアトリエで画集を見て、ヒントを得つつ制作するのとは、訳が違います。のはず・・・。まだ、白い画面の状態では、まったく強気にはなれません。描き始めるときは、いつも小心者です。「本当に描けるのか!」

 ミトーからヴィンロンに移動する際、バス等の交通手段がなくなり、今回の命を賭けたハイライトともいえるバイクタクシーなるものを利用しました。 オヤジにしがみつきながら、なんどもクリークを越え、風・スコールに打たれ、ノーヘルで疾走する2時間。重厚な風景が体に染みわたりました。着いたときの、充実感と同時にふぬけのように空っぽになった自分を感じました。これこそ、旅の醍醐味か!さあ、印象が薄れる前に、早く描き始めなければ。


シャッター壁画制作終了 2003/7/15

 6/30をもって、本体工事が終了し、壁画制作は建築検査終了後の7/1に作業を始めることが出来ました。ずいぶん待たされたものです。しかし、竣工間近の業者が殺気立っている中で作業をするよりは、安心ゆったり気分ですね。

 有能なアシスタントのおかげで、作業は順調に進み、本作業は4日で上がりましたが、毎日朝6時起きで横浜まで車で通うので、疲れも溜まります。しかし、引っ越し準備に入った先生方の好評を受けながらの作業は気分が良く、これぞ現場作業のおもしろさです。

 今回は目線にある壁画なので、色むら等に気をつけました。ローラーで仕上げるため、40?Bの幅広マスキングテープを用意し、なんとテープごときに2万5千円もかかりましたが、仕事の効率があがり大成功。この経験、次の仕事にいかしたいものです。


久しぶりにかたづけて 2003/4/26

 3月4月は絵画教室の展覧会と養護学校のサイン制作のためのデータ作りと慌ただしくすぎました。もう一年の1/3が過ぎてしまったのです。コンピュータまわりにあふれる図面や資料、個展の残骸、もろもろのゴミの山をかたづけ、気分一新です。なにか始めるときには、過去のゴミを捨てることで、新しい流れが迸るようです。

 6月に入ると養護学校のシャッターにペイント作業があります。本当は材料や制作図面の準備をしなくてはいけないのですが、シックハウス対策とやらで、材料の選択が決まりません。役所仕事か?後で問題が起こると責任問題に発展するのか?まったく回答が遅くてやになってしまいます。そんな仕事の合間、ちょっとゆっくりできる時間を持てたのに、ぎっくり腰。気持ちのよい空を見上げながら、ためいき・・・。


個展が終わりました 2003/2/20

 あっという間に個展が終わり、息つく暇もなく次の養護学校のサイン仕事をしています。6月竣工の物件なので、現在確認作業まっただ中。さて、今回の個展の仕事をふり返ると、これから自分がすべき仕事の方向性が感じられ、手応えがあったこと。15年前に1ヶ月半のアメリカ旅行中に100枚のドローイングを描いた事があり、そのことを知る恩師がその時の仕事を思い出すと言ってくれた。どちらも現場でのスケッチではなく、米国では毎日宿で一日の記憶を描きためたもの。今回はバリの記憶を帰国して2ヶ月で描き上げました。どうも、僕は絵日記作家の素質があるかもしれない。平常とは違う状況に身を漂わせ、実体験をもとに制作する事を第一に考えよう。次の旅はベトナムの予定。久しぶりに大きなサイズのものを作ってみたい。今回の仕事で窮屈に感じたのも事実だから。


制作修了 2003/1/3

 2月の個展にむけて制作してきた作品を仕上げました。今回は10月半ばに訪れたバリのイメージをいっきに描き上げたものです。描くべきソースがはっきりしているとあっという間にできあがるもなのですね。この感覚は久しぶりで、実体験のないテーマを使い回していたときの仕事のつまらなさをいま再確認しています。また、どこか行きたいね。

 さて、これからは額装の準備です。バリで仕入れてきたフレームを切り刻んだので、これから組み立てです。激安で仕入れてきても、アクリル・裏板・箱・金具を日本で手に入れると、フレームよりはるかに高く、日本の物価がやはり高く感じますね。→バリレポート


はじめに 2002/12/20

 2月の個展のDM、年賀状にホームページのアドレスを入れ込んだてまえ、なんとか年内に完成しようと毎日作業の連続です。過去の作品写真を整理し取り込みの作業と進めると、今となっては恥ずかしい限りの作品を目にすることになります。別に載せなければそれで良いのですが、自分でもこの20年分の作品を時系列に並べて見るのは初めてなので、それはそれで新鮮でした。当初シルクスクリーン(テトロンメッシュ)を使い、2重構造の作品を作っていて、あっさり描けば描くほど効果的でした。しかし、しだいに抵抗感が欲しい、しつこく描きたいなどと思ううちに、どんどんつまらない絵になっていきました。その素材を手放し、紙にドローイングという今の環境に至る間のなんとも悶々とした時期を思い出します。


〜20072010〜2013〜20172018




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