サカイトシノリ/アトリエ・パグロ
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ソウルと上海アートフェア 2013/11/25

 10/2〜7,ソウルでKIAF。11/14〜17,上海でSAF。今年は続けて二カ所でアートフェアに参加することが出来ました。アートフェアとは、まさに売り込みであり商談の見本市です。結果が出なければ、何にもならない世界。持ち出しばかりが増えることになり、なおのこと経済状態は悪化するわけで、リスクいっぱいの世界です。

 国同士がフレドンリーではなく、いいことが無い中でも出て行かなければならないのは、それ程日本が停滞しているからに他ならない。行動せねばならない、積極的に。僕は「近場アジアントライアングル」称して、年間3回アジアで展覧会を開催することを目指している。そして利益を上げなければならない。

 今年が2年目。足がかりは出来たので、来年がホップ・ステップ・ジャンプの飛躍の3年目だ。と、新しいプロジェクトに想いを馳せる。「The Border Drawing Project」始まりました! 今は、とりあえず、第一弾の「ジブラルタル作品」を完成させること。

・KIAF2013のパンフ
・SAF2013のパンフ





トランジットで初パリ! 2013/10/20

 帰国前の一大イベントとは、トランジットでパリ一泊です。すでに、目的の制作は果たした後は、単に観光旅行。ルーブルは時間がないので前庭のみ、モネのオランジェリー、そしてオルセーへ、駆け足。ついでにポンピドーにモンマルトル。最後はシテ島でノートルダム。歩ける観光地っていいよね。地下鉄だって乗っちゃいました。似合わないカフェだって、注文は適当に指さしね。

 キレイな街ですね。ワインは、さらに美味しい。来てみなくては解らない。たった一日が僕を変えていく。また来よう、トランジットで。










ジブラルタル海峡を渡ってきました_2 2013/10/20

 滞在は、南スペインアンダルシアのマラガ。そこから、朝一番に出てモロッコ一泊の旅をした。アルヘシラスからセウタまでフェリー。あのホッカムリのオバサンが多くなり、イスラム圏が近いことを知る。

 対岸のセウタは、スペインの飛び地でアフリカに渡ってもまだスペイン。ここから陸路徒歩で国境越え、金網のトンネルを500mほど歩かされた先に、窓口3コのチケット売り場みたいな入国管理事務所。ほとんど訳が分からないけど、無事通過。さてここから最寄りのテトゥアンまで、専用のタクシーに乗って街に行くのだが、ソロと乗り合いがあり、安いほうの乗り合いにした。これが間違い!ボロボロのベンツに大のおやじが4人、後部座席に押し込まれる。40分間身動きせずおやじと重なるように密着。たまりません。(帰りはもちろん、ソロです。考えてみれば物価安いのだ)

 バスに揺られて目的地シャウエンに昼過ぎ到着。街全体が青く塗られた路地の街。どこもかしこも絵になる空には、大音量のコーランだ。たった一泊旅行だけれど、ついに来たと実感する。そんな時、まずはビールなんだけれど、あるんだな〜、鄙びた一番のホテルのレストラン。格別のビールの味!(夜のレストランでは、ソーダ水を注文。ペットボトルに入れた手持ちのジンを割れば、ジンソーダ!酒なしであの料理は食べれません)

 朝早くから、まっ暗な中のコーランで目を覚まし、朝の散歩へと出かける。土産物屋が戸締まりしている路地は別世界。その扉自体がアートだ。街全体を見渡せる高台に登れば、朝霧のシャウエン。やはり早起きは得するね。そして、来た時の経験をもとに、スムーズにスペインへと戻った。

 マラガから、なんどとなく観光地を訪れた。その一つは、100mの高さがあるロンダの石橋。青い世界から白い世界へ変わる。山の尾根という尾根に風力発電のプロペラ。エコな風景は、それほど悪いものではない。バスの旅便利です。

 さて、マラガでは、旧市街地のまん中にあるアパートを借りた。外へ出れば、そこら中バルだらけ。このバル、少量多品種、中腰の椅子、男一人旅には、とても重宝する。思考が停滞すれば、とりあえず日蔭を求めてビールを飲んで考えようとなる。食べることが大事でないのがいい。

 朝から制作していると、なんだか街中がにぎやか、鼓笛隊のような音も聞こえてくる。お祭りだった。マリア様を掲げた山車が何台も町中を練り歩いている。その前後には、楽隊にローソク隊が露払い。翌朝まで大騒ぎ、期せずしてカトリックの国に接した。やはり、コーランより教会の鐘のほうがいいなって思うよね。

 市場には、魚類がたくさん。ワインは、安くてうまい。地元の人は笑顔豊でフレンドリー、いいところだねマラガ。お勧めです。そして、帰国前に、一大イベントです。

・シャウエンムービー






ジブラルタル海峡を渡ってきました_1 2013/10/20

 9/23〜10/5まで、スペイン・モロッコの旅をしてきた。昨年まで、環太平洋描画計画と題して太平洋の国々を10年かけてまわってきたが、今年は久し振りのヨーロッパである。なぜにこの地を旅したかを記しておきたい。

 当初、訪れた土地をどう表現すべきかと挑んだ。遠くの氷河を見て何を表現できようか?である。鳥の目虫の目、リアリティーのある自らの足下を感じ取ることが大切と知った。そのような中、しだいに訪れる土地は味付けであり、大元の表現が固まってきたのである。どこで描いても同じようなものであるが、その土地のテイストが見えないところで大きな要因になってきた。

 その必要な要因とは何か?それは、昨年のオーストラリアのダーウインでの滞在ではっきりしたのです。ダーウインは、西洋白人社会にのっかったアジアだった。整然とした合理性のもとで、やっぱりアジアのチャンプルーなのだ。違う世界が、入り交じることで、起こる活性化・美しさ。ならば、国境・海峡を旅しよう。そこで制作してみようと、ジブラルタル海峡を渡りました。

 余談。スペインサッカーリーグを観戦してた。その土地をリアルに感じ取れます。これ、旅のお決まりになりそう。(写真は、ジブラルタルからアフリカの眺め、地元マラガのスタジアム)






ゲッスイトリエンナーレ 2012/9/17

 3年ぶり、2度目のアトリエサガン・サカイクラスのクラス展が開催されました。前回同様、目黒美術館ギャラリー全室を、個展スペース・ウォールスペース・大部屋と分けて展示しましたが、大きな違いが今回ありました。

 一つは、大部屋のグループ展のメンバーも自作の写真が入ったDMを作ったことです。展覧会は、人を集めてなんぼのもの。各自がそれぞれ招待すれば、全体の動員が1000人も難しい話ではないと、プレッシャーをかけたのです。

 2つ目に、小品コーナーを設けて、親しい方に絵を売ろうとの企画です。「絵を多くの方に見てもらい、それが売れたら嬉しい」そんな単純なコンセプトに向かって、一生懸命制作することが、さらに楽しい。我がクラスはいい雰囲気になってきました。

 公的な美術館では、絵の販売は認められていません。しかし、招待したお客さんに、「もしよかったら買ってください」と声をかけることは、まったく問題ないし、その気構えに拍手を送りたい。一人2〜3点の小品作品、計100点あまり。大半が人手に渡って行きました。アッパレである。

展覧会写真はこちら






浴室壁画完成 2013/8/25

 これまで、浴室天井画をやってきたが、ついに、あの銭湯の富士山!浴室壁画を制作することになった。お湯がバンバンかかる状況に対して、どのような塗料を使えばいいのだろうか? 分からないので、下地塗りの業者に塗料の選定は任せました。もちろん運用中なので水性塗料です。

 ここは、いつもお世話になっている神奈川県立こども医療センター内の肢体不自由児施設です。古くて薄暗い浴槽のリニューアルにともなう壁画制作です。時期は、寮生の多くが帰宅するお盆。今年の夏はやけに暑いなんて言ってたら、風呂場には当然クーラーなんてありません。それなもう、熱地獄の現場でした。でも、いい仕事のあとの一杯は最高です。

・完成写真はこちら








保育園でシートアート 2013/5/25

 先の幼稚園サイン仕事で、カッティングマシーンというプロッターを買いました。安くなってきて、僕らでも手の届くものになり、仕事の効率も上がりました。そのプロッターが早くも活躍する現場がやってきたのです。

 鶴川にある、新築ホヤホヤの保育園で、食堂の縦長のガラス窓にシートでステンドガラス風にとのことでした。さらに室名表示と衝突防止シートの施行も追加。子供たちが彩りであるとして、シートはすべてすりガラス状のものを使い、まことに品がよい。このような提案に、同意してくれた園長のお陰です。提案がスムーズに進って気持ちよいよね。

 図柄はゾウさん。食堂の外は、エントランスで、外から見ても分かります。そのお尻側にドアがあり、その図柄はウンチから双葉です。ちゃんとストリーがあるのです。

 施行後に、網戸の追突防止の追加発注がありました。どこの施設も体当たりに悩むところらしい。リボンを縫い付ける等を考えたけれど、結局は型紙にスプレー。でもね、光の関係で、効果はイマイチだった。 






川崎のデイサービス壁画完成 2013/4/25

 毎度お世話になっている、建築家の同級生からの依頼である。もとは倉庫をデイサービス施設に改築するリノベーション。資金不足で内装にお金をかけることができないので、壁画を描こうとのプランです。豪華なシャンデリア一個分で、僕らの施工費が出るのだから、モノは考えようだね。

 施主からの要望は、バリのイメージとヨーロッパ。このような、相反する依頼はよくあることなので、それなりにどちらかを重視することに。バリのインテリアがいたるところにあり、いい雰囲気がでていた。やはり、壁画はバリ重視の葉っぱちゃんだよね。

 第一期、二泊三日。第二期、二泊三日2回。毎朝早起きして通える川崎だけれど、疲れ切って渋滞に巻き込まれるのも辛い。やはり、一仕事終えて、美味しい食事に一杯はたまりません。初めての川崎だけれど、いい店いっぱいありました。また行きたいよ。
 

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怒濤の年度末 2013/3/31

 3月のお彼岸に、個展を控えていた。その前に、お世話になっている幼稚園舎建て替えによるサイン工事・川崎のデイサービスの壁画工事があり、その合間に確定申告である。タイヘンナ事になることが見えていたので、ひたすら段取りだ。材料・人手・外注・型紙・ペンキの調色、その合間に作品制作!

 幼稚園もデイサービスも、第一期が工事中の現場で、完成後に第二期工事だ。幼稚園は、個展終了翌週に30個の室名表示の取り付けで、入園式に間に合わせるとのことで、日程管理ギリギリセーフ。アトリエでは、絵を描いて乾かしている間に、サインの塗装に、額縁の切り出しと、休む暇なく作業が続いた。

 そんな時間がない時って、シアワセだなあって思う。毎日がハリがあり、ある種のコーフン状態が心地よい。あわせて、あーだこーだとしないので、絵の制作に余計なことをしなくなり、きわめてピュアな作品になって行く。お金が稼げて、作品の出来があがり、まことに結構なことだ。

 個展では、大きい作品は上海のアートフェアに持って行くつもりだったのが、まさかの完売!あらためて新作をつくることに。嬉しい、感謝、充実感、頑張った甲斐があった。環太平洋描画計画の最終地ダーウインの作品は、「ごった煮のチャンプルー」 人種の多様性・混在、大陸と島々の接点は、次なるテーマをハッキリと認識させてくれた。

 違う文化が出会う場所は、エネルギーに充ちて雑種の美しさがある。次は「Clossing the boder 」そんな場所で制作を続けようと思う。

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レディースクリニックに絵画搬入 2012/12/20

 11月の終わり頃、高校の同級生から突然メールが来た。「産婦人科の病院を開院して10周年になり、記念に絵を病室に入れたい。プレゼンおよび見積もりよろしく」と。相部屋6・個室6の計大小12点のビックなお話。暮れも間近で、どう年越しをしようかと考えていたところなので、神様からのメールだった。

 ちょうど上海アートフェアと時期がいっしょになったので、預けてある絵を東京に持ち帰り、札幌に納品する運びとなった。在庫も掃けてお金になったので、感謝感謝絶大でした。

 病院といっても、そこは産婦人科の病棟、ホテルの個室のようなものです。バリの葉っぱの絵は、ジャストフィット!もとからあった版画の小品は、個室トイレに移動して、なおのことお洒落な病室になったのでした。納品後の札幌の夜も、それはそれは美味しかったことを付け加えておきます。

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旭川で「バス天プロジェクト」 2012/11/25

 11/8〜11の4日間、旭川の重症身障者施設[北海道療育園]の浴室天井画を制作してきました。自前の足場を持ち込めない遠方の現場は、どうしたものかと思案していましたが、心配無用でした。施設の管理課の職員の皆さんが、足場の設営から照明器具のカバー外しに、棚外しをぜーんぶやって下さいました。ほんとうに助かり、でなければ、このタイトな日程では不可能なこと。いい現場に、いい仕事ありです!

 「重心施設の浴室天井に彩りを」掲げて「バス天プロジェクト」は横浜のこども医療センターに続き2件目です。始めてまもない僕らの行動を支援してくれたのは、高校の同級生。彼は、地元で公認会計士事務所を主宰しつつ、この療育園の監事で、今回の制作費を寄付してくれたのです。3カ所の施工例という実績が出来たら、全国に展開しようと思ってた矢先でしたので、なんてステキなことと感謝です。

 今回は、第4・第5療育室にある、おなじ作りの浴室2カ所に天井画を描きます。一つは「葉っぱのお風呂」もう一つが「鳥のお風呂」です。それを、二日・二日で仕上げる日程。1カ所終わっても次の現場で最初に戻ってしまう不思議な感覚でした。天井が低いのは、長身の僕としては腰を曲げなくてはならず、なおキツイ。キツさ超えて快感になるほど天井画は奥深い。だから続けられる様な気がする。

 たかがお風呂、されどお風呂。ペイントされたお風呂は、以前の無味な白地を思い出すことが出来ない。一気にやさしい雰囲気につつまれた空間に変身です。入寮者の皆さん、そして現場のスタッフの皆さん、お家族の皆さん、いい感じのお風呂になりましたよ。どーぞ、微笑みとともに使って下さい。

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今年三度目、本チャンの上海 2012/11/15

 11/1から4日間開かれる、上海アートフェアに出品しました。三度目の上海、この日のために準備をしたのです。

 10/31は搬入飾り付けの日、そこら中で大騒ぎです。各ブースが趣向を変えて展示作業をしている最中、担当画廊から諸注意が・・・。開催一週間前に、日本の画廊出店が全面的にキャンセルになったとのこと。「大きな損失を受けた中、日本人作家が出展していると妬みの対象になりえない。あまり目立つようなことがないように。」

 突発的な暴動を避けた事務局側ですが、要は、中国人まったく関係ないあるね。日本の画廊の妬みに気をつけてあるよ」ということ。私達の画廊は、活動地点は日本と上海なので出展できたのですが、ブースの看板の日本の文字はシールで隠されました。

 会場の上海マーケットはとてつもなく大きく、幕張メッセを4階建てにした感じです。実はここの正面は日本領事館。いまも歩道にはロープが張ってあり、ポリボックスが角角に。通行人が近づけないようになってます。デモがあった現場なんですね〜〜、っと光景に痛みを感じつつ眺めてしまいました。

 そんな異常事態で始まったアートフェア、すごい人出です! 置いてあったパンフレット1時間で500枚なくなっちゃいます。う〜〜ん、人のパワーが違う、準備も違う次元で考えなくてはいけません。しかし、ヨーロッパ発の不景気はここ中国にもおよび、中国バブルははじけた模様です。人はいっぱいだけれど、購買意欲がないです。

 期待もふくらんだアートフェアでしたが、結果は、問い合わせは多数あったようですが、金額が折り合わず惨敗でした。まあ、3年計画の1年目といいうことで、この経験をしっかりとものにしたい。


・SAF2013のパンフ











ダーウインで制作 2012/10/26

 10/4〜16間、ダーウインに行ってきました。前回のパース周辺に続き、二度目のオーストラリアなので、少々勝手知ったるところがあり、その分楽しめた様な気がする。

 僕の環太平洋描画計画というプロジェクトは、バリ島からスタートしました。北から南へと太平洋を一周し、ついに10年、そのバリ島直近の地までやってきたのです。失われた10年を回復するために、自らに鞭を打ち始めましたのです。10年たって、失われた20年と言われているのですから、もし行動しなかったことを思うと恐ろしくも思う。

 このダーウインで、10年ひとくくり、このプロジェクトは終了です。僕の稚拙な絵は、リアリティーというバックボーンを得て、内容のあるものになってきた。まさしくこの10年は成長の旅「Growing journey」だったのです。

 町には、というか、路上・公園で、アボリジニが生活?をしています。生活費は支給されているのでしょう、身なりはきれいです。どこの公園にも、無料で使えるバーベキューコンロにシャワー・トイレがあるのですから、屋外の生活に困りません。この地は、大陸の北に位置し、一番東南アジアの国に近いところにあります。そのことで、アジア系の人々も沢山います。市場にいけば、ありとあらゆるアジアン食材にありつく。ここは、白黒黄黄のミックスチャンプルーなところだ。

 さて、海。重たい思いをして持って行ったシュノーケル道具が使えなかった。海は、クラゲでほとんど年中遊泳禁止だったのです。そして、クリークはワニで遊泳禁止。あららと思ったら、内陸にターザンにでてきそうな滝壺プールがいくつもあって、それはそれは大自然・快適!!!です。途中で見た、森の海は圧巻だった。初めて見た果てしなく平らな森です。それに、これも初めてかな?本当に海に沈む夕日。ゆっくりと確実に進む時間、すんごいね。

 こんな旅行ができるのも、毎日のトレーニングのおかげです。体力が無くては始まらない。滞在中も走りました。そこには、乳母車を押しながら走る女性の多いこと! きれいなトレイルが整備されているからこそですが、何もしなくていい、子持ちの母の免罪符的な日本とは違うなと思った次第です。

 いつもの通り、というか、年々回数を重ねるごとに、制作も超早〜く進む。お金かけて遠い処までやってくる意味があるってものですよね。東京じゃ、こうはいかない。今回の作品は、来年3月後半にいつものアスクで発表します。さて、一気に仕上げなくては!









今年二度目の上海 2012/9/15

 9/7〜10に、今年二度目の上海に行ってきました。羽田→虹橋は都市空港で、着いた後もタクシーで数十分で目的地に到着。そのタクシー料金が数百円だからチョー嬉しいのだ。まさに国内旅行感覚で上海まで行ける。(中心地まででも千円ぐらい)

 まずはギャラリーに荷物を預けなくては、と・・・、よく分からない流れの中で、美術館の企画展レセプションパーティーに合流。大音量、カンペー!の合唱に突然飛び込んでしまった。まさに日中友好の夜でした。その流れで、眠らない上海の夜へ。

 さて翌日、旅の目的をキチンと消化しなければと、ギャラリーに顔をだす。11月のアートフェアに向けて、パンフ・出品作品の選定、そして絵画代金を決め、さらにイザという時の値引率。また、販促グッズの見本制作、預けてある作品の交換・仕分け、いろいろなことが決まり、とっても満足のできる打ち合わせが出来ました。

 そこで、「今回の展覧会の飾り付けは何時からするのですか?」「あら、サカイさん。変更になったじゃない!」「え!・・・」(汗)連絡ミス・・・、でもね、作品の持ち込みに入れ替え、打ち合わせという目的が達成できたのだから、いいのさ・・・。これもチャイナパターン、承知あれ。

 で、頭を切り換え、交通パスのゲット・携帯電話のチャージ・国際電話カードのゲット等の環境整備・・・完全に観光モードにシフトです。(笑)雷雨の中の上海タワーを眺めて、密かに「絵が売れたらタワーに登ろう」と決心したのです。実行!です。

 キレイに一日空いたので、上海コンテンポラリーアートフェアを覗いて、七宝という中国らしい観光地に行ってみたり、それなりにゆっくりと楽しんじゃったカンジ。次は11月、今度はなにが起こるのか?帰国日に尖閣国有化宣言。これから行動する身としては、なんともなんとも・・・。ひとつだけ言いたい、「ニュースを信じるな」現地は現地。









こども病院いろいろ終了 2012/8/31

 年明けから続いた、神奈川県立こども医療センターのアートワーク(壁画等)が一段落した。僕らの仕事が、周知されるにつれ、他の病棟から「こちらもやってください〜」と声がかかる。嬉しいことです。予算のこともあるので、次から次へとはいかないので、ここはじっくりと長いスパンで関わりたい。

やったことを整理してみると、
1)重症心身施設・浴室、および更衣室の天井画(準備2日、施工3日+3日)
 *もう、単純に天井画はきついの一言、でも出来の良さに満足感。前記参照。

2)新生児室の遮蔽窓にインクジェット出力のパネルを設置(準備2日、施工1日)
 *窓辺に保育器が並んでいます。その窓は、職員によってシートが貼られているが、とっても無機質であり施工がよくない。剥がすにも時間がかかるし、シンナー等の剥離剤も使えない。そこで、出力した紙をスチレンボードに貼ってパネルにしたものを両面テープで固定。赤ちゃんの枕元での作業は大変でした。

3)手術室前の廊下に壁画(準備2日、施工2日)
 *もともとは、待合室。そこにデコラのパーテーションで仕切った外来用の診察室があった。この無機質な空間をなんとかしてちょうだいと依頼される。デコラと言えばカッティングシート。細かいことはなしの、お耳のモチーフ、うまくいったね。

4)分娩室・LDR前廊下に壁画(準備3日、施工2日)
 *こども病院だけれど、ここだけは大人の世界。あまり幼稚にならず、そして深刻にもならず、結局は植物系のモチーフに落ち着く。廊下から分娩室にも展開。あってないようで心落ち着くもの、と言うことでマグネット掲示板アート風を納品。くれぐれも主張しないがコンセプトか?

5)手術室入り口壁画(準備3日、施工2日)
 *手術室入り口、その中にあるICUとの合流廊下に、クマさんとキリンさんを描く。こどもたちがどれほど意識があるか分からないけれど、手術室の入り口とは両親とのお別れ・再会の具体的な空間なのだ。場末ではいけない。

この後、搾乳室のパーテーション・肢体不自由児訓練室と予算がおり次第はじまるのだけれど、いつ頃かは見当もつかない世界なんだよね。見渡せば、もう一つの手術室前には、ぶかぶかになったシートがあって、いの一番に施工したいところだけれど、○○館の寄付だったようで、ちょっと難しい。

それから、x線・CT・MRI等の検査室もある。徐々に、僕らのアートワークを広げて、心から穏やかな空間にしていきたいものです。いつのまにか、夏も終わりを告げる頃に、職種を変えて絵描きに戻りましょうか。(笑)






個展が終了 2012/8/5

 7/16〜21に開催された、個展が無事終了した。というのも、前回は、震災の一週間後だから、本当にそれだけでもよしよしだ。

 さて、今回の個展がどうであったか? 振り返ってみても、それほどの感慨はなく、淡々と過ぎ去る日を思い浮かべるだけである。いつも通りであり、特別のトピックがあったわけでもない。しかし、この10年続けてきた結果は、如実と自らを知らしめる。「やっててよかった!」と。バブル崩壊後の失われた10年をリカバーしようと始めた行動だ。結局、その後20年になったのだから、死んだふりしたままだと、今頃どうなったのか?と、想像もしたくない。

 最初の5年間は、旅行中やみくもに100枚のドローイングなんてやってた。しかし、それを本作にするにあたり、薄まる感覚に嫌気を感じ、後半の5年は、できるだけ作品数を絞って現地制作に移行した。結果はというと、一言、「ラクチン」だった。

 先送りの感じで絵を描くより、この場で完成だ!って描くほうが、うそが無く、リアリティーもテンションも上がる。軽やかだ、爽快だ、というような印象を描く僕は、こねくり回したっていい結果が出るわけがない。切羽つまった状態に追い込み、ワン・ツー・スリーっと仕上げるのがいい。

 でも、まだまだ、道半ばなんだなぁ〜。「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」「本質は単純だ」もうすぐで、手の届くところにあるような、ないような。もうちょいだ、継続あるのみ。





上海上陸作戦敢行! 2012/5/12

 AGAF(Asia Gallery Art Fair)に参加のため、5月4日〜7日の間、上海に行ってきました。昨年の11月に台北のギャラリー回りをして、展覧会の可能性を探ってきましたが、その6ヶ月後、海を渡り上海上陸達成。なにがしらの行動を起こしていると、ひょんなところから対岸で成果を得られる。そんなよそで聞いたことがあるような経験をしました。

 AGAFは、世界中から集まる秋の定番「上海アートフェア」に対して、初夏の時季にアジアのギャラリーが集う企画で、今回が初めてです。興行的には、まだ認知度が低く多くの入場者を得られませんでした。でもそこは中国、これから大きく成長することでしょう。個人的には、今回の出品に続き、夏の美術館での展覧会と秋のアートフェアの出品が決まったので、再度気合いを入れて制作するつもりです。

 さて上海、初の中国上陸ですが、聞いていたとおりのヒカリ輝く大都会。エネルギッシュな街です。東京からチョットの時間で行くことが出来るからこそ、その落差が大きい。街の中にスピード感が漂っている、活き活きとかやる気とか以上のスピード感です。日本では忘れた感覚というより、高度成長期にスピード感というのがあったのか? この感覚は未経験なような気がする。

 展覧会会場では、主催者が段ボール等の梱包材預かりますと各ブースをまわっています。そして、しっかりとお金を請求する。初日の5時、政府関係各社を集めてのオープニングレセプション(レッドカーペット初体験)、その後ドド〜ンと来場者があふれて、9時までオープンしますと連絡が入る。(混み合ったのは2時間ほど)「翌日は30分早めて開場します」とまた連絡。

 何も決まってない、いい加減な運営。そのようにとらえることも出来る。しかし短期間でこのイベントを実現させた実行力、そうスピード感。考えながら動いている感じ。いまの日本にはない、忘れている。留まっていてはいけない、動いていなくてはいけない。再認識の旅になりました。

 週末の繁華街、歩行者天国では、中高年が社交ダンス。おばさん軍団がよさこい祭りみたく踊っています。楽器持ち出して、爺さんが演奏しています。それを大勢の群衆が見物しています。なんでも金にして稼ぐ、そして自ら楽しむ。そんなシンプルな生活思想が新鮮だ。日本が少子化を理由に黙りこくってるに対し、大陸の中高年の元気さ。「自ら楽しむ」を日本の中高年は、高々に表現しなければならない。

・AGAF2012のパンフ







重症心身障害児施設、浴室天井画制作 2012/2/23

 2月9〜11日と16〜18日、2回にわけて神奈川県立こども医療センターの重症心身障害児施設の浴室天井に絵を描いてきました。僕のようなものが、このような施設内に入ることはまずない。最初の打ち合わせの時は、視線をどこに向けていいのやら困ったものです。ですが、作業も終盤になると、足元で「ウーアー」言われてもへっちゃらです。人は知ることで、優しくなるのですね。天井画うんぬんよりも、まずは己の変化を褒めてあげたい。

 久しぶりの天井画です。すぐに首が痛くなり、忘れていた辛さが襲いかかります。ただでさえ辛いのに、今回は「バス天」溝がある。そして、周りには入所者が生活療養しているので、油性ペイントが使えません。水性塗料の附きがよくなるように、天井のサンドペーパーがけから始まる。普段の鍛えが、このようなときに役立つのです。

 今回の図柄は、仕事パートナーの原田さんのデザインです。浴室に6メートルのクジラが泳いでいます。周りにはヒツジ雲が飛び回り、脱衣室の方に流れていきます。可愛くて、バス天の溝を効果的に利用しています。(この溝の処理がタイヘンだった)

 制作の三日間は風呂場を使えません。こどもたちは、洗髪のみでガマン。一週目は浴室、二週目は脱衣室の制作だったので、その間にお風呂に入ったはず。職員に尋ねました。「こどもたちの反応はどうですか?」「あ〜、目の見える子は、わかるんじゃないの? それよりスタッフのみんなが大喜びよ!」とのこと。重症ゆえ、いつも上を向いているから天井なのだけれど、即効的効果はスタッフのモチベーションアップなようです。

 さて、いつの日か、老人介護施設の風呂天井仕事がきたら、何を描くのだろうか? やはり、富士山? これは今後の課題として、入所者も入院患者も、一時的なものを望んではいない。長い短いはあっても、彼らは、そこで生活しているのだ。普通ってなに?ってことになるが、とっぴではいけないことは確かです。

 ひとつひとつの現場を終えて、僕らが成長する。それぞれの現場が、導いてくれる。次なるものに向けて。

・完成写真はこちら








昨年に続き、集合住宅に壁画制作 2012/1/30

 昨年の同じ時期、三鷹の集合住宅で壁画制作しました。その隣接地に新しく建設された住宅は、名前が「ジアース」。建築家からコンセプトを聞くと、シックに落ち着いた感じ。そして、廊下の奥が暗いので明るめに、とのこと。

 幼稚園・病院と続いたので、ずーとペールトーンとライトトーンの世界。やっときました、チャンス到来!「ダルトーンのアースカラー」です。想像はついても、実際に作業をして結果をしっかりと見る経験は貴重です。これで、幅も広がり、今後の対応がよくなるわけで、仕事をまわして頂いた建築家に感謝です。

 判ったことは、濃い色は塗料代が2倍かかるということ。そして、色も形もシックにすると、その前で座禅でも組めそうな雰囲気。形は、もうちょっと遊んでもよかった。やはり、ここは住宅、深刻になってはこまるよね。5階は、オーナーさんの個人住宅で、他の階とは区別して欲しいとの要請があって、遊ばさせてもらいました。楽しい絵柄だけど、そこはダルトーン、落ち着いたものです。

 時期は、1月の半ば過ぎ、雪も降る寒い日が続きました。極寒の中の作業かと思われるだろうが、塗料が乾かないと困るのでストーブを持ち込んでます。実は暖かったが、困ったのは暗い! 現場は、まだ照明が整ってません。老眼にはツライのです。

 このような仕事があることは、とってもよいのですが、欲が出てきます。もうちょっと、引きがある空間に壁画を描きたい。エントランス・ロビーでやりたいね。「やりたい!」と言い続けると、だいたい実現するから不思議。「やりたい!」

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西オーストラリア、パース周辺に行ってきました 2011/12/30

 11/28〜12/10の間、西オーストラリアに行ってきました。チケットを買った当時は、成田-パースの直行便があったのですが、震災以降すべてシドニー経由になってしまい、移動の辛さを痛感することになった。オーストラリア、端から端、とても遠いです。

 世界で暮らしてみたいところ第1位常連のパースですが、さすがに都会は疲れるので、その河口の町、フリマントル(通称フレオ)にアパートを借りました。ここを拠点に10日間、取材がはじまります。港町なので釣り竿とカニ籠を持って行ったところ、それが釣れる!ではないか。制作後の遊びどころか、行った先先でチョイ釣りをすることに。これは旅の必需品です。

 さて、本題。環太平洋の国々をまわって、ついにオーストラリア大陸までたどり着いたわけです。このプロジェクトも10年目になり、最終局面を迎えている。最初は、訳も分からず、旅の間に100枚描く!という制作から始まり、今は大きさ・枚数いろいろそろえて、台紙まで用意していき、8割方の完成度で持ち帰るようになった。

 要するに、続けることで、「何をすべきか?」という命題が、しっかり見えてきたわけです。それとともに余計なことをしなくなり、一歩一歩、「本質は単純なり」というシンプルな絵に近づきつつある手応えを感じるところです。

 今回は、きれいな海にも接したが、なんと言っても砂漠地帯のインパクトが大きい。僕は、このような不毛の土地と対峙すると興奮するのですが、同時に、大量のハエが僕を取り巻いたことで、そのリアリティーは強烈になった。夏を迎え、ハエが大量発生する時期らしい。その数たるや、僕の周りに2〜300匹は飛んでいよう。それらが、水分とミネラルを求めて、目鼻口にまとわりつく。イライラの極値に達し、自分の顔を殴りたくなるほどだ。

 ここオーストラリアを旅して思うことは、この雄大な大自然に対してわずか人口3000万人ほど。豊かで、にこやかで、寛大で親切、本当に旅しやすい国だ。そのおかげで、何処へいけども、その寛大さとともにおだやかに感じてしまう。そこで、今回の題目は「穏やかな乾き」となった。「Generous dry」、アタカマの乾燥とはぜんぜん違うのです。

 これらの作品は、7月の個展でお披露目します。けっこういいよ。僕も楽しみってのがいい!

(ピナクルスへ行く途中にある大砂丘ムービー、3.8 MB)
(ジブリのアニメにも出てきた海へ続く桟橋ムービー、13.2 MB)
(旅の写真は、訪問地スライドショーへ)





台北はやさしく、始まりました 2011/11/27

 立川5時発のバスで羽田に。羽田は近いといっても、東京都下に住んでいる身としては、数時間の睡眠で朝一番はきつい。しかし、流れるように搭乗してしまえば、3時間で台北だ。しかも、市内隣接の松山空港だ。

 ホテルにチェックインして作戦会議。昼食前に2つほどギャラリーをまわり、どんなものか様子を知ることになって、2件目のギャラリーのおねえさんが写真の方。営業ツール(資料・名刺カード・カレンダー・実物の作品)は、キチンと機能しているようで安心。最後に作品を見せると、顔つきが変わるので、印刷物じゃダメよねと再認識する。

 飛び込みだから、当然、マネージャーとは会うことは出来なかったけれど、どこの受付の方々も、丁寧にキチンと対応してくれました。さすが友好国です。全部で12のギャラリーをまわって、資料をわたしてきたのですが、メールでのアクセスを「種をまいた」とすれば、今回は、実際に会いに行ったので「苗木を植えてきた」感じです。

 あとは、枯らさないように水を与えなければなりません。これから、しつこいぐらいのアクセスが始まります。本当に「始まった」ということです。台湾は近いし美味しいし、ちょくちょく通うことにならなければね。





台湾上陸作戦 2011/11/11

 いつもは、事が終わった後に書きとめるが、今回ばかりは先に書いておこうと思う。すべてが簡単に、うまく事が運ぶはずもなく、失敗したときには、闇に葬ることもよくあることだから。今回は、スタートであって、僕のこれからの20年をどう行動するかの出発点なのだ。

 17日より4日間、台北の画廊に飛び込み営業をやってきます。絵がいいのは当然、絵に思想・背景があるのも当然、そんなことを言葉にしてもなんの意味もない。ただ一つ、「僕は絵を描くことを職業としている」それだけだ。当然、職業とは絵を売って金を稼ぐことだ。そのことに目を背けて、「売れなくてもいい」と言い放つ方々とは一線を引きたいと思う。売り絵画家と言われたっていい、僕にとってはほめ言葉だ。

 失われた10年と思ったら、20年だった。リスクを背負って勝負するギャラリストがいないのなら、自分でやりましょう。こども病院の風呂天井に絵を描くにも資金が必要。日本を出て稼ぎましょう、そして「けして深刻ではなく、安っぽくもなく、癒しであり、通俗的善なる絵」を広めるのだ。ほとんどが否定することで美術となるなか、あるがままを認めて肯定する美術があってもいい。

 今回の台湾上陸作戦において、台湾出身の友人とその仲間が、多大なるサポートをしてくださった。翻訳から旅の手配まで、そしてこの作戦に同行してくれるのだ。僕は、成功しなければならない、手がかりを得なければならない。すばらしい協力者のためにも。

 台北から、北京・上海・シンガポール・香港・・・、展覧会をする場所を広げていく。制作もどこでもできる。発表もどこでもできる。年何本も個展を開催する。そんな忙しさなら大歓迎だ。バリバリ動けるのもあと20年、今がスタート。

 すでに、20数点の作品ができあがり、いつでもスタンバイ状態。資料も、もう少しで完成。いざ出陣!ガンバルゾウ!





アートワークのチカラ 2011/10/28

 デザインが僕のものではないので、パブリックワークにアップしていないし、このノートにも書いていなかったが、今年は壁画等の仕事が多かった。左の写真は、いつもお世話になっている幼稚園の壁画制作です。

 人には得意不得意があり、僕は「カワイイ」という図柄を描くのは旨くない。このような不得意な領域を補完してくれる仕事のパートナーがいることは、なによりも心強いところです。

 幼稚園のトイレ、療養施設のサイン、そして新生児室の窓デザインと、現在運用中のもののリニューアル案件が続きました。それで、施工前と施工後が明らかに違うことが、如実に認識することになり、そのような現場に立ち会えることは楽しいことです。瞬時に雰囲気が変わるので、現場で働いている方々・患者・親御さんから、歓喜の声があがります。嬉しい瞬間ですね!

 壁画というペイントワークは、費用対効果もいいし、時間も比較的短時間ですむので、もっと広まってもいい。僕は、今後、病院施設に絞って、院内アメニティーを広める活動をしていきたいと考えている。
(高解像度写真)







リハビリテーション室に壁画 2011/09/17

 今月の初めに整形外科病院のリハ室に壁画を描いてきました。ここは、昨年CT室に壁画を描いたところで、病院が、「院内アメニティー」をいかに施すかに、理解があるところです。ということで、殺風景なリハ室に「彩りと元気を」を掲げた提案が採用されました。

 今回の特徴は、なんといっても診療に支障がないようにすることが第一、患者さんの前で制作です。背中に熱い視線が感じます、後ろを振り向けば、みーんなこっちを見ています。寝そべってストレッチやマッサージをしている間、以前は漠然とした空間を彷徨っていたのが、見るべきものがある。そう、ライブショーをやったのだ!(疲れたぁ〜)

 CT室の時は、モンスターのような機械の驚異を和らげるために、一番のコンセプトは「安らぎの空間」でした。しかし、今度のリハ室を安らぎの空間にしてしまえば、それは娯楽施設のほぐし処になってしまいます。今回の一番のコンセプトは「ガンバル」です。

 一時期失われた機能を復活させるためには、人にゆだねるわけにはいきません。自分の努力以外のなにものでもない。僕の壁画で一人でも「1,2,3,4・・・」とがんばってほしいものです。

 青は診療台に合わせて落ち着きを、そしてオレンジを元気のシンボルカラーとして採用。図柄は、太陽のような筋肉のようなパワー発信形と腱や神経細胞が成長するような図柄がレイアウトされてます。ガンバル空間としてうまくいきました。そして、制作終了を迎えたときに、スタッフの方々、そして患者さんが拍手とともに喜んで頂き、僕もハッピーでした。

 いい仕事をして、さらに美味しい。至福の時ですな。また行きたい札幌。
(高解像度写真)






豪邸に絵を搬入 2011/06/11

 この二週間、今までに無い経験をしている。先の北海道に続き、今度は、三浦半島にある超高級街区です。ここは、日本のビバリーヒルズか!っというところ。一区画が4~500坪はあろうか?眼下には海が見え、向かいが松○谷、数件隣に三○谷という表札もある。すんごいところだ。まずは一生入り込まない映像空間に紛れ込んだ感じです。

 さて、前回の個展で正面に飾った大きい作品の行き先が決まったのです。この家を設計した建築家が僕の絵を選んでくれました! 当日は、引き渡し前の家具の搬入日、一緒に飾り付け作業をしました。赤いイスは、絵に合わせて選んだとのこと。そして緑のソファーは窓越しの森の色。絵にとって、そこまで考えてもらえることは幸せなことです。

 米国では、流通する絵は30~50号が主流と聞いたことがある。漠然とそーなんだろうなぁと思っていたが、今回の搬入で一目瞭然です。1300×1300の額縁サイズがちっとも大きくなく、すんなりと納まりました。なぁーるほど。

 赤い絵は、グランドピアノが入るとのことで、左寄りの位置に。経験のためにピアノと赤い絵の関係も見たいものです。青い絵は玄関ホールの広い壁の中央、母屋への入り口正面に鎮座。贅沢な壁に絵は喜んでいます。

 震災の中での個展発表。自粛するものかと意地張った結果がいろいろかたちになったこの数週間。更なる精進とともにガンバル意欲が湧いてきました。












絵を納める 2011/06/03

 時を同じくして、2点の絵の発注があった。とても嬉しいことなのですが、展覧会で絵を選んでもらう気楽な状況とは違って、それなりの重圧感を感じてしまう。要は、搬入して飾り付けた後で、気に入らないと言われたらオシマイだからだ。

 その一点は、苫小牧市の幼稚園エントランスに飾る絵。それなりにかわいくなければならないし、職員・父兄と子供たちのハート両方をゲットしなければならない。絵を描くことを仕事としている身、これぐらいのことは、嫌みなくサッとこなせばならない。

 幼稚園を取り囲む北国の四季を描いたのですが、子供たちの目線上に「虫・動物らしきもの・おばけみたいなもの」を配置して、下半分は子供向け、上半分を大人向けに仕上げる。さて、反応はどうか? よしよし、上々の反応だ。あとは、いかようにも見える様仕掛けたことで、飽きないことを願うばかりです。

 そして、札幌に移動して、病院の待合室に絵をセッティングしました。幼稚園のポジティブな環境から一転して、深刻な待合室です。痛々しいのも困るが、あまりにもノー天気な絵も腹が立つことだろう。

 この絵は、4月にバリを訪れたときに制作しました。バリの元気な葉っぱは、待合室にはばっちり合うと思ったから、だってよく観葉植物もあるしね。

 今回は、道具を持参して、自分で飾り付けをしました。最高によく見える位置に置けて満足です。絵を送り付けて知らんぷりより、いいよね。
(高解像度/ 幼稚園の絵病院の絵



震災ボランティア 2011/05/29

 知人の気仙沼出身の大工と先輩画家が、気仙沼の仮設住宅に絵を送るプロジェクトを立ち上げ、作品提供の依頼が来ました。北海道搬入準備で忙しかったのですが、「僕は自分ができることをするだけ」と掲げるのなら、断るわけにはいきません。

 半日時間を作り「元気!元気!元気!・・・」と唱えながら、一気に描き上げて、企画者に発送。仕事は、サッと一気にやって、手離れよしがいい。せっかく描いた絵だから、今年のカレンダーにでもするかな。

 復興には、長い時間がかかります。いままでの経験的な突発的行動では、意味を持ちません。個人的には、1年後、2年後に、何か出来るかなと思っている。
(高解像度写真)



震災、放射能、個展終える 2011/04/03

 今回の個展は、環太平洋描画プロジェクトの第四コーナー最終節、その第一回目の大切な展覧会なのですが、尋常なる震災が起こり、まだまだ、余震・放射能混じりの雨が続く中の展覧会となりました。

 嫌が追うにも、絵描きとはなんぞや?と自問することになります。想定外の大きなパワーの前には、人々は無力そのもので、まして絵描きなどなんにも役にたつわけではない。
 
 しかし、今は役にもなんにもならないが、時がたてば、僕らのメッセージは無くてはならないものになる。絵を描くとは、メッセージであり。自らの啓蒙活動だ。銀座界隈は、人通りも少なく、展覧会も延期・取りやめとなっていた。自粛という訳の分からない毒を飲んだのだ。

 思えば、昭和天皇崩御の自粛。バブル崩壊の自粛、リーマンショックの自粛。その自粛はなにかその後に得るものを残しただろうか? 僕はドンキホーテの如く、ラッパを吹き、あるべき姿を問う。

 今回の作品は、「風の色」と題して、海の表情をかたちにしました。毎度毎度の失敗を糧に作り上げたものです。しつこさを避けてきた自分が、しつこさを経て、軽やかな世界・単純で本質な世界を表現する扉が見えてきた。

 じつにいい感じなのだ。次を感じる作品だった。「50%のチカラで描く、出来たのか出来てないのか?やっぱり出来ている?という中途な完成」そのとっかかりが見えた。いいものはスンナリとあがる。あっけなく簡単に。

 その手がかりを得た展覧会だったのです。その震災の中で。




集合住宅壁画 2011/02/16

 高校時代の友人が建築設計した集合住宅の共用廊下に壁画を描くチャンスが来ました。その建物は、5階建てで、その2階〜5階の廊下の4壁面とエレベータを降りた正面の扉にペイントワークです。

 廊下なので、けっして全景を眺めることはできません。さらに、近距離で毎日接することになるので、飽きることのなくイメージがふくらむ、ソフトインパクトな図柄が求められます。絵が「私を見て」と求めてはダメ、そして、施主を納得させる、微妙な頃合いが求められます。
 
 設計から、各階が色分けされて、自分の階が瞬時に判るようにして欲しいとの依頼があり、赤系・青系・緑系・紫系の4種類の階層にしました。各階ごとに繋がりがあるストリーも考えましたが、他の階に行くこともない集合住宅、各階で芽生えのイメージで展開しました。でも、来客者は、他の階も見に行くと思います。し、そうあって欲しい。

 スタッフは、入れ替わりで3人に手伝ってもらい、予定通り4日で終了。感謝感謝。慣れたもので、きっちり期日を守る、たいしたものです。ただ、材料切れが怖くて、多めにペンキを用意するのは考えようだ。

 現場仕事は楽しい。年2〜3本あればいいのだが・・・。


〜20072010〜2013〜20172018




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